源頼朝愛馬生月誕生地
源頼朝愛馬生月誕生地
所在地  鳥取県岩美町
国道178号線沿い国道9号線合流点200m手前
最終訪問日  1996/6/18
国道脇にある碑 源頼朝の愛馬であった生月が誕生したといわれる場所。ただし、生月が産まれたという伝承を持つ場所はこの鳥取だけではなく、比較的近い淡路や広島、山口、四国といった西国はもとより当時から馬の名産地として知られていた東北まで、全国各地に存在している。
 生月はイケヅキと読み、池月という字があてられることもある名馬で、幼い頃に母馬を亡くして探している内に脚が鍛えられて駿馬となり、跳躍した時にその足跡が残らなかったという伝説がある。
 長じてからは頼朝に献上されたようで、有事の際に乗るというほどの愛馬となり、早くから頼朝に付き従っていた梶原景季が欲したものの、拝領することは叶わなかった。しかし、頼朝は何を思ったのか、佐々木高綱に生月を与えた為、これが両者の遺恨となる。
 寿永3年(1184)、頼朝は京にいる木曾義仲を討つべく、範頼と義経という2人の弟を向かわせ、本軍の範頼は瀬田に、搦手の義経は宇治に布陣した。生月に乗る高綱と、生月のかわりに磨墨を与えられた景季は義経軍に在り、2人は今にも義経軍が川を渡ろうとした時に先陣を果たそうと現れたが、やや先んじた景季に対して高綱は馬の腹帯が緩んでいると声を掛け、景季が腹帯を締め直している間に生月を宇治川へ駆け入れた。続いて景季も遅れまじと磨墨を川へ駆け入れたが、高綱が名馬生月の力もあって川を一文字に渡ったのに対し、景季はやや流されて川下に上陸したという。これが平家物語にある、有名な宇治川の先陣争いである。
 国道178号線を鳥取方向に行くと、駟馳山付近で国道9号線と合流するが、その合流点手前の坂道の途中に碑が建っている。史跡としてはそれだけで、かつては良馬を産した場所という伝承があるほかは何が残っているというわけではなく、うっかりしていると見過ごして通り過ぎてしまうほど地味な史跡だ。