鞍背城 所在地 兵庫県たつの市
JR千本駅西1.2km
区分 山城
最終訪問日 2005/10/27
 築城は宇野頼季と伝わるが、詳しいことはよく分からず、いつ頃に廃されたのかも不明。
 この頼季という人物は宇野頼定の子で、南北朝時代に活躍し、太平記にも名がある。また、黒田官兵衛が仕えていた御着城の小寺氏の祖となる人物で、小寺頼季の名のほうが通りが良い。
 城は、嘉吉元年(1441)の嘉吉の乱で落城したとされ、赤松満祐の籠っていた城山城の落城を知って自刃したという依藤惟次の塚が麓にあるが、伝承では惟次は白旗城との連絡役であったようなので、城山城陥落直前まで、白旗城と城山城の間は赤松氏が保っていた可能性がある。もしそうならば、この城はその連絡線を支える重要な城で、しかも落城は城山城落城の後ということになるが、すべては想像の域を出ない。
 訪れた時は、地図を眺めていて、栗栖川の流れを大きく湾曲させて張り出している城山を見つけ、麓の2方向を川が洗い背後は山が迫っているという城としての立地の良さに惹かれ、立ち寄った。だが、千本の集落には城の案内が全く無く、山に入れそうな道も無かったので、散策は諦めた。