清荒神清澄寺
所在地  兵庫県宝塚市
阪急電鉄清荒神駅北1km
最終訪問日  2012/7/25
清荒神の拝殿と参道 地元では荒神さんとして、一般には清荒神の名で知られる寺。摂津国八十八箇所霊場の第七十二番札所で、真言三宝宗という荒神信仰の大本山でもある。
 寛平8年(896)、鎮護国家を願う勅願寺として宇多天皇により創建され、比叡山の高僧静観僧正を迎えて開山とした。当時は神仏習合の時代であり、旧清と呼ばれる尾根に清澄寺を建て、その鎮守として現在の西の谷に三宝荒神社を祀っていたという。また、当時は荒神社と清澄寺が別であり、蓬莱山という山号は同じながら清澄寺のみの名であった。
 その後、源平の争乱や、戦国時代の荒木村重の乱などによって幾度か清澄寺の堂塔や伽藍は焼失したが、幸いにも荒神社は難を逃れ、やがて清澄寺も現在の西の谷に移されたという。そして、江戸時代末期に諸堂が再興され、昭和22年に光浄和上によって真言三宝宗が開宗し、現在の清荒神清澄寺となった。
 寺の本尊は大日如来坐像であるが、鎮守の三宝荒神社の方が有名になり、民間では火の神様や台所の神様としての信仰が篤い。三宝荒神とは、もともとは悪神を祀って守護神とするインドの風習が仏教と共に伝わったもので、これに神道の荒ぶる神の要素が習合して日本で発展した信仰なのだが、不浄や災いを除く神というところから、やがて火の神、かまどの神として信仰された。清澄寺の前に清荒神と付けた事を見ても、清澄寺に対する民間の荒神信仰がいかに篤かったかがよく解る。
清荒神清澄寺本堂 清荒神清澄寺への行き方は、車なら、宝塚歌劇前から山へと折れて中国道沿いに東に進めば、参道入口の駐車場へと着き、電車ならば、清荒神駅から門前町の商店街の中を20分ほど登ると参道に着く。この寺の参道には常設の露店が並んでいるが、それだけ参拝客が多いのだろう。山門をくぐれば、左手に拝殿、正面が本堂で、拝殿の脇には火箸納所という建物があり、火箸で厄をつまみ出すという厄除け火箸が奉納されているのが、かまどの神様として信仰される寺院らしいところだろうか。境内は高所にあり、拝殿裏には清水が流れるなど、市街地から近い割に山深さを感じる寺院である。