松下村塾
所在地  山口県萩市
萩市役所東2km松陰神社内
最終訪問日  2001/10/28
松陰神社にある松下村塾の建物 長州の幕末志士に絶大な影響を与えた吉田松陰が開いていた塾。
 正確には、吉田松陰が塾を開いたのではなく、叔父の玉木文之進が天保13年(1842)に開き、久保五郎左衛門が継承していた塾を松陰が受け継いだものである。現在、建物が残っているのは松陰神社内だが、当時は裏手の山にあった。
 吉田松陰が塾を主宰したのは、日米和親条約締結の為、ペリーが再び来日した嘉永7年(1854)に密航を企てて野山獄へ収監され、さらに生家の預かりの身となっていた時である。実際に弟子たちに教えていた期間としては、安政6年(1859)に刑死するまでの僅か3年足らずの間であった。
 残っている大きさから分かるように、塾といっても寺子屋のような程度の大きさしかなく、実際伊藤博文も、のちに寺子屋に行く感覚で通っていたと述べている。塾の内部には、高杉晋作や久坂玄端を筆頭に、ここから巣立って大半が散っていった志士の肖像画や写真が飾られており、名前を見れば歴史に名を残した人物が揃っている。こんな小さな塾からこれだけの人物が輩出されたことを思うと、松陰の影響力がどれほどのものであったかがわかる。