忌宮神社
所在地  山口県下関市
JR長府駅西南2.7km
最終訪問日  2002/12/7
 忌宮神社は、仲哀天皇が熊襲討伐の為に、7年間に渡って居した皇居豊浦宮の跡地にあるとされ、宮に付属して祀られた斎宮がその最初といわれる。この神社由来に従えば、仲哀天皇の在位期間である西暦192年から200年までの間に創建されたということになる。また、斎と忌は同義で、聖武天皇の時代に忌宮へと改称し、以降は長門国二ノ宮の社格であった。ちなみに、現在は神社本庁の定める、いわゆね別表神社のひとつである。
 祭神は仲哀天皇、神功皇后、応神天皇で、かつてはそれぞれに宮があった。つまり、筑紫の香椎で崩御した仲哀天皇を祀った豊浦宮、聖武天皇の時に神功皇后を奉祭した忌宮、応神天皇を祀った豊明宮の三殿が別立する神社であったが、中世の火災によって豊浦宮と豊明宮が焼失した為に、仲哀天皇と応神天皇を忌宮に合祀し、現在のような一殿の神社になった。ちなみに、現在の社殿は明治10年に造営されたものである。
 古代の由緒を示すように、境内には豊浦宮皇居の碑やシルクロードも関係する蚕種渡来の碑があり、歴史の古さを感じさせる。訪れた日は、偶然にも特別神事である御斎神事の始まる数時間前で、入口にはコーンがすでに設置されていて、どことなく人が入るのを拒絶するような雰囲気を漂わせていた。この神事の時は、境内には神職の者だけしか入ることができず、厳格な潔斎をして古式による秘祭を足掛け9日間に渡って行うという。ほかにも、1800年以上の歴史を持つ奇祭数方庭祭が、夏にこの神社で執り行われている。