長府毛利邸
所在地  山口県下関市
JR長府駅西南3km
最終訪問日  2002/12/7
毛利邸の門 長州藩の支藩だった長府藩主の毛利氏が、維新後に住んだ邸宅。
 明治維新後の版籍奉還で知事となっていた元の藩主は、廃藩置県により華族となって東京に住むことになった。この長府を領していた長府藩の最後の藩主毛利元敏もそれに従い、長府から東京へと移り住んだが、天皇の許可を得て故郷に戻ることになり、明治31年にこの邸宅の建築を始め、同36年6月2日に竣工した。
 元敏が明治天皇と詩歌を通じて親しかった為か、その行在所となったこともある邸宅で、作庭されている池泉廻遊式庭園もなかなか趣がある。
 邸宅は、長府の城下町の山側にあり、長府毛利氏の墓所があった功山寺の北東に位置する。長府が長門国府であった頃、この地には長門総社があったが、毛利邸はその跡地にあるので、入口にはそれに関する案内板も建っている。
 城下町として観光地化している長府の、主たる観光地のひとつとして邸宅は公開され、城下町長府のひとつの象徴として訪れる人も多い。