念珠関跡
所在地  山形県温海町
JR鼠ヶ関駅北800m国道7号線沿い
最終訪問日  2001/9/18(未訪問)
 念珠関は、慶長年間(1596-1615)に設けられた関所で、明治5年まで存在した。
 関所が置かれた辺りというのは、古代から越後と出羽の国境という地理的に重要な地点で、古代奥州三関のひとつである鼠ヶ関も設けられていた。ただし念珠関と場所は違って、ここより南1km程の所にあったらしい。
 関所が設けられた当初は、山形県の多くの部分を最上氏が領しており、この関所も最上家臣であった佐藤掃部が関守を務めていた。最上氏の改易後、鶴岡には譜代である酒井氏が東北地方の監視役として移ってきたが、関守の役目は、帰農して大庄屋となった佐藤家が引き続き受け継いだようで、寛永5年(1628)以降も上番と沖ノ口改役を務め、天和2年(1682)からは藩士が上番となっている。
 関所の構造は、街道に高さ9尺の木戸と高さ6尺の柵を設け、その脇に平屋茅葺の番所を建てるという、当時の関所では一般的だった構造を採用しており、木戸の近くには様々な通達を出す高札が立てられていた。また、この関所では海を行き来する船も監視しており、港に出入りする船の取り締まりにもあたっていたという。
 現在残っている関所跡は江戸時代のものなので比較的新しい史跡なのだが、昭和43年に県境一帯の発掘調査をするまでは、古代の関所もここにあったと思われていたらしい。史跡自体は国道沿いにあるとは言え、それほど大きくないので、車やバイクで何気なく走っていれば知らずに通り過ぎてしまうと思われ、実際に自分もすぐ横に来るまで気付かず、あっと思いながらそのまま通過してしまった。