熊野本宮大社
所在地  和歌山県本宮町
本宮町役場北東300m国道168号線沿い
最終訪問日  1995/8/18
熊野牛王神符 全国の熊野社の総本社で、その名の通り熊野三山の中心。主祭神は家津美御子大神で、記紀ではスサノオノミコトにあたり、ほかに13柱が祀られている。また、神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつでもある。
 創建は第10代崇神天皇の65年(紀元前33)と伝わるが、崇神天皇が3世紀頃の人物とされているので、恐らく創建も同時期かと思われる。ただし、明治22年の大水害に遭うまでは熊野川の中洲の大斎原という不安定な場所に鎮座していたので、出発点は水神であるかもしれず、あるいは八咫烏が使いであることから太陽神かもしれず、社殿ができるはるか前から、前身となる自然神を祀っていたのは間違いないだろう。
 神話上では、初代神武天皇が九州から大和に入る際、瀬戸内から入ろうとして一度河内の勢力に敗れた後、再び海に浮かんで紀州熊野で八咫烏の援護を得、無事に大和に入ったという。中世以降、このような伝説から聖なる烏に誓うという意味で、3本足の八咫烏の印刷された熊野午王神符という紙が、誓約を取る際に使用された。
 また、この本宮町の本宮大社の他、新宮市の速玉大社、那智勝浦町の那智大社で熊野三山というが、江戸時代には蟻の熊野詣と呼ばれるほどのブームがあり、周辺には参拝客が通った熊野古道と呼ばれる昔の街道や、分祀した王子とよばれる小さい社、温泉宿などが今でも残っており、周囲一帯は独特の古色を帯びた雰囲気がある。
 境内の社殿は重要文化財だけあって大きく荘厳であり、杜も深く厳かで、有史以来積み重ねてきた歴史の重みを感じさせる。江戸時代は「蟻」のような人で喧騒が絶えなかったろうが、今は観光客は相変わらず多いものの、比較的静かだ。