関金町資料館
所在地  鳥取県関金町
関金町役場西4.5km県道45号線沿い
最終訪問日  2001/10/26
 もとは房総半島の大名で、江戸時代の慶長19年(1614)に大久保長安の事件に連座して倉吉に蟄居となり、そのまま元和8年(1622)に没した里見忠義についての資料や、中国山地の産業であったタタラ製鉄、完成することなく廃線となった倉吉線についての展示がある。平成8年度の開館。
 忠義が倉吉ではなく、なぜ関金に縁があるかというと、倉吉に流された忠義は最初は打吹城の麓に屋敷を与えられたが、やがて鳥取城に池田家が移ってくるとその監視を受け、関金町内の堀という所に屋敷を移されたからである。忠義には、一応3万石という表高はあったようだが、内実は4千石ほどで、しかも後に池田家が入部すると、その僅かな領地も池田家が管理したらしい。そのような寂しい状況の中、忠義が没した際には8人の家臣が殉死したとされ、それが南総里見八犬伝のモデルになったという。
 案内などがほとんどない上に、民家と同じような佇まいをしていて、うっかり見落としてしまいそうだが、それがこの小さな資料館の良いところで、とても長閑な雰囲気を持っている。資料館の入場料は無料で、訪れた時には、管理人らしいおじいちゃんがひとりで掃除をしており、鄙びた風景に融け込んでいた。