鳥居記念博物館
所在地  徳島県鳴門市
JR鳴門駅東960m妙見山公園内
最終訪問日  2004/2/25
 考古学、人類学の学者として精力的に活動した、鳥居龍蔵博士の業績を記念して造られた記念館。
 博士は徳島市に生まれ、小学校中退ながら独学で勉強し、20歳の時に上京して東京帝国大学の坪井正五郎に師事、標本整理係として働きながら勉強に打ち込んだ。25歳の時に遼東半島の調査を行って以降、精力的に東アジアの各地に足を運び、調査に写真を持ち込んで貴重な記録を残している。60歳を過ぎても南米を訪れるなど行動は衰えず、太平洋戦争前後は北京の燕京大学の客員教授として中国にあり、帰国後の昭和28年に82歳で死去した。
 博士の死後10年経つ頃、時の徳島県知事は博士の偉業を称える為、記念館の建設を計画した。最初、徳島出身で名誉市民でもあったことから徳島市に建設する予定であったが、予定地が決まらず、晩年博士が鳴門に暮らしたいと願っていたことから、鳴門海峡を一望できる鳴門市の妙見山に建設地が決まり、岡崎城や撫養城と呼ばれる城の跡地であったことから、天守閣様式で建てられた。ちなみに、博士は鳴門市からも名誉市民を授与されている。
 昭和40年3月25日の開館から年月が経ち、現在は館を訪れる人も多くないようだが、博士の貴重な研究成果が展示され、夜間はライトアップで鳴門のお城としてシンボルになっている。