中禅寺湖
所在地  栃木県日光市西部
最終訪問日  2014/5/10
中善寺湖の夕景 奥日光の観光の中心となる湖。分類としては堰止湖で、周囲22km、面積約11.77km2、最大水深169m。
 中禅寺湖周辺の水系は、男体山の形成以前はもっと北を流れており、男体山付近は山と呼べるほど隆起はしていなかったという。その後、男体山が活動時期に入って隆起したことにより、この古大谷川水系は押し出される形で真東に流れるようになった。そして、約2万年前の男体山の大噴火によって流れ出た溶岩である華厳溶岩が、いろは坂の凝灰岩にぶつかり、古大谷川を堰き止めてできたのが中禅寺湖である。この時、戦場ヶ原の辺りにも湖ができたが、戦場ヶ原は表面的な水を失って湿原化したという。また、中禅寺湖から溢れ出た水が溶岩を浸食してできたのが華厳ノ滝である。
 日光は古代より自然崇拝の場所であったが、最初に修行の場として開いたのは勝道上人で、この中禅寺湖も勝道上人と縁が深く、最初に湖を発見したのは、勝道上人が延暦元年(782)に男体山の登頂に成功した時という。また、中禅寺湖の名の由来も、勝道上人が同3年(784)に湖畔の男体山登山口に創建した中禅寺がその元である。
 中禅寺湖は、上記のように中世には日光霊場の一角であり、修行者以外は立ち入り出来ず、リゾート地として認知されたのは近代に入ってからで、戦前は各国の別荘が建てられ、外交官の避暑地として使われたという。戦後になると、いろは坂が車道として整備されたことによってアクセスが良くなり、避暑地として、また、紅葉などの自然が愉しめる場所として、気軽に訪れことができる行楽地となった。現在は、湖に観光船が出ているほか、キャンプ場や温泉など、自然が身近な観光地となっている。
湖畔より自然豊かな湖南西側を眺める 訪れたのは陽もかなり傾いた夕刻だったが、やや赤味の広がりつつある空が湖面と深い山々に少し色を移し、独特の寂びがあった一方で、観光バスや修学旅行生なども多く、寂びと賑いの相反する空気か混在するという感じだった。湖の東側は観光地然としているが、湖中央から西側は自然の姿が色濃く残り、一帯の空気と同様に、この風景の二面性も魅力なのだろう。バイク乗りとしては、湖を一周する道路が整備されていないのが非常に惜しかったが、対岸から自然豊かな奥の湖畔を眺めるというのも悪くなかった。