福光城 所在地 島根県温泉津市
区分
最終訪問日 2001/10/27
 毛利元就が石見を平定し、福光湊一帯を石見吉川家の経安に与え、経安は永禄2年(1559)に福光城を築いたという。また、一説には、豪族益田氏の支族である福光氏が、吉川氏入部以前に一帯を支配していたが、その居城だったともいう。
 石見の吉川氏は、元就の次男元春が養子に入った安芸吉川家の分家である。元就が石見を平定した後に起こった福屋隆兼による叛乱で、経安の守る福光城は攻撃されたが落城せず、毛利氏の石見支配に重要な役目を果たした。また、経安の子経家は鳥取城籠城時の城主である。
 現在の福光には、駅があるものの集落程度の民家しかなく、駅にも国道沿いにも案内表示が無かった。ただ、周辺の地形から、福光川の南北どちらかの山にあったと思われる。