虎御前山陣所跡
所在地  滋賀県虎姫町
JR虎姫駅北2km
最終訪問日  2001/8/24
虎御前山陣所全図 元亀元年(1570)の姉川の合戦で勝利した信長は、浅井領を分断する横山城を奪取して秀吉を城番にしていたが、佐和山城主磯野員昌の降伏などで南部を平らげ、いよいよ浅井氏の本城小谷城の攻略に取り掛かった。
 信長は、小谷城の東南2.5kmにある標高224mの独立丘陵虎御前山に目を付け、小谷城の目と鼻の先ともいえるこの場所に陣城を築いた。陣城の構築は、信長公記には元亀3年(1572)の7月終わりから8月半ばまでとあり、約1年後の小谷城落城まで機能したが、攻略の為の付城ということもあり、その後は廃された。ちなみに、信長はここでも城番として秀吉を置いている。
 虎御前山には複数の峰があり、それぞれ南から多賀貞能、蜂屋頼隆、丹羽長秀、滝川一益、堀秀政、織田信長、木下秀吉、柴田勝家と、名のある将が陣取っており、信長のこの戦いに対する力の入れようがわかる。
 現在は陣所跡が公園となって、かつてそれぞれの将が陣取った場所まで遊歩道が通り、陣があった場所には陣取った武将を紹介する碑が建っている。南の峰にはキャンプ場もあり、訪れた時には時間の関係でここまでしか行けなかったが、キャンプ場の展望台からは、田園を通る北陸道と北陸本線が見渡せる。