多賀大社
所在地  滋賀県多賀町
近江鉄道多賀大社前駅東300m国道307号線沿い
最終訪問日  2001/8/27
多賀大社の太鼓橋 社伝によると、伊邪那岐大神と伊邪那美大神が神社の東にある杉坂山に降臨し、多賀の地に静まったのがその由来という。
 史料に最初に出てくるのは古事記で、「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐す」とあるが、日本書紀では淡海を淡路としており、どちらが正しいのかは分からない。だが、多賀大社が有史以前から存在していたことを示すのは間違いなく、創建時期はよほど古いと考えられる。
 奈良時代から平安時代にかけて、公家からの信仰が厚く、武家が政権を握った鎌倉時代からは武家の尊崇も集めた。また、多賀大社にもかつて神仏習合による寺院があり、その坊人の勧進によって多賀信仰が全国へ広まったが、江戸時代に造られた一ノ鳥居が中山道の通る高宮にあることからも、お多賀さん参りがブームとなって盛況だった当時の様子を偲ぶことができる。現在は、さすがに江戸時代ほどの参拝客はいないが、祭神の2柱は神話時代のすべての祖となる神であると同時に夫婦神であることから、延命長寿と縁結びの神様として信仰され、また、神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつで社格も高い。
 入り口の独特な太鼓橋を渡って境内に入ると、大社の境内は大きく、さすがに威容があって社殿などの雰囲気も良い。また、境内に散在する摂社や末社も多く、さすがは大社と呼ばれるだけの神社である。それ以外で気が付いたのは、参拝者への施設が充実していたところで、お参りだけではなく御祓いや結婚式などが比較的多いのかもしれない。