紫香楽宮跡
所在地  滋賀県信楽町
信楽高原鉄道紫香楽宮跡駅東すぐ
最終訪問日  2001/8/27
紫香楽宮にあった甲賀寺の礎石と敷地 シガラキノミヤアトとも、シガラキグウシとも呼ばれる紫香楽宮の遺跡。
 最初、紫香楽宮の場所には、聖武天皇が離宮を造営したが、この天皇は、放浪と遷都を繰り返した天皇として有名である。天平12年(740)に奈良の平城京を離れ、その年末には恭仁京の建設を始めたが、その建設中の同14年(742)にこの紫香楽にも離宮の建設を始め、度々行幸もしている。翌年には甲賀寺へ大仏を建立する旨を発願し、同17年(745)に遷都しようとしたが、火災や地震などもあって人心が服さず、都は平城京に戻って実現しなかった。
 史跡の碑が建っている場所は、正確にいえば都の一角を成す甲賀寺大仏殿の跡で、その礎石が無数に残っており、当時の仏教寺院の建物の配置や大きさがこれほど明確に分かるものはない。本当の紫香楽宮はどこにあったかというと、この遺跡の北にある宮町遺跡がそうであると考えられており、大量の木簡が出土したことからも、ほぼ間違いないとされる。
 いずれにせよ、最近の調査では、紫香楽宮は予想されていたよりももっと大きかったらしく、また、聖武天皇の放浪についても、天武天皇の事跡を追って国家を引き締めるためであったというような、違う人物像を描く異説も出てきており、今後の発掘調査に期待がかかる。