旧海軍司令部壕
所在地  沖縄県豊見城村
豊見城村役場北1.5km豊見城城跡すぐ
最終訪問日  2001/9/6
 正式には、海軍沖縄方面根拠地隊という沖縄方面を統括した海軍部隊の司令部があった壕。
 太平洋戦争末期、米軍による沖縄戦を予期した日本軍は、司令部を地下に避難させる為に海軍設営隊を動員して壕を掘り、壕は昭和19年12月に完成した。壕の内部は、米艦隊の艦砲射撃に耐えるよう、かまぼこ型に掘り抜いた横穴をコンクリートと杭木で固め、長さは450mあったという。
 米軍との戦闘が激しくなった沖縄戦末期には、司令部壕に4000人もの兵士が収容されていたといわれ、下士官は座ることもできず立って寝たという。だが、物量に勝る米軍の攻撃になす術なく追い詰められ、6月13日、司令官であった海軍少将大田實以下多数の将兵は自決し、沖縄の海軍の組織としての戦闘は玉砕の形で終結した。
 現在は、全450mのうちの275mが整備され、公開されているが、おどろおどろしい独特の雰囲気は各地に残る軍事施設跡と共通しており、切迫したリアリズムの冷たい印象が残る。
 しかし、展示されているものの中で、大田司令官が海軍次官に宛てて打電した電報には、沖縄県民の窮乏と献身的な協力が切に訴えられており、このような人間が軍隊にもいたという事が、残酷な歴史をたどった沖縄戦の中では、ほんの少しだけとはいえ、救われる気がする。