シーボルト記念館
所在地  長崎県長崎市
長崎電気軌道新中川町駅北東300m
最終訪問日  2012/3/14
シーボルト宅跡とそれに隣接するシーボルト記念館の周辺図 シーボルトが開いていた鳴滝塾の跡地に隣接して、平成元年10月1日に開館した資料館。
 1796年に神聖ローマ帝国ヴュルツブルグ司教領に生まれたシーボルトは、オランダ商館付き外科医として文政6年(1823)に来日し、名医との評判から出島の外での活動も許されると、翌同7年(1824)に記念館隣のシーボルト宅跡で鳴滝塾を開いた。鳴滝塾では、西洋医学はもちろんのこと、自然科学などの幅広い学問を教授し、門人らに医学を始めとした幅広い西洋学問を教えたという。このシーボルトの業績を顕彰する為、建物部分はオランダにあるシーボルトの旧宅を、玄関部分はシーボルトの祖父カール・カスパルの旧宅を模して建てられたのが、この記念館である。
 記念館2階の常設展では、シーボルトが日本に残した文物や使用した医療用具、薬のレシピなどが展示されており、シーボルトについての理解を深める展示説明や、川原慶賀が描いた絵などもあった。この常設展示をひと通り見れば、シーボルトが日本で行った数々の業績や当時の様子を知ることが出来るようになっている。記念館3階は企画展のスペースで、訪れた時は川原慶賀と服飾展というのをやっていた。特に、日本の絵画技法に西洋技法を取り入れた川原慶賀の絵は日本絵画と一線を画し、抽象的な江戸時代の日本絵画のイメージを持って見ると、その精緻さに驚く。
 鳴滝一帯は、坂本竜馬所縁の亀山周辺を始め、臨海部の出島や中華街、異国情緒漂う大浦一帯などの観光地となっている地域に比べ、長崎南部の観光では穴場のようになっており、訪れる人もそう多くない。だが、その観光客の少なさが、異質なはずのシーボルト宅跡と記念館を風景の中に溶け込ませており、落ち着いた鳴滝一帯の住宅地の雰囲気と合わせ、観光地が多い長崎の別の一面を見たような気がした。入場料も安く、落ち着いて見学できる施設であり、幕末に広く興味を持つ人なら訪れて損はない。