妻籠宿
所在地  長野県南木曽町
JR南木曽駅南西3km
最終訪問日  2000/9/10
 木曽路の数ある宿場町の中で、最も江戸時代当時の姿が残っている宿場。中山道六十九次の中の42番目。
 中山道の中でも木曽谷付近だけを特別に木曽路と呼び、11宿があったが、この妻籠宿は南から2番目で、更に南にある馬籠宿で木曽路は終わる。つまり、木曽川沿いに下ってきた街道は、この妻籠宿からやや山側に入って馬籠峠を越え、さらに南の馬籠宿を越えると信州から美濃となった。
 維新後もしばらく街道は栄えていたが、太平洋側の東海道が人や物の流れの圧倒的な本流となり、中山道は傍流となった。さらに国道19号線が妻籠から山へ入らず、そのまま木曽川沿いを下るようになった為、妻籠と馬籠は完全に取り残された形となったが、それが幸いとなって往時の中山道の町並みや街道が保存された。また、町並みを保存しようとした妻籠の人たちの努力もあり、観光だけの為にある町並みではなく、妻籠は生きた町となっているのも魅力的である。
 訪れてみて思うのは、全国に宿場町の町並みと掲げるところは多いが、妻籠ほど昔のまま残っているところはないということ。大なり小なり都市化や近代化の影響が見られる宿場町がほとんどだが、妻籠は時代劇のセットかというほど、当時の町並みが残っている。そして、それが今も人の住む町であるというところに、なんともいえない町の温かみが漂っていて、復元では出せない味が心地よい。
 山を越えた南の馬籠は島崎藤村の出身地で、藤村の「夜明け前」に見られるように明治後の中山道は衰えたが、この場所だけは観光客も多く押し寄せ、当時の賑わいを保っているかのようである。