兼六園
所在地  石川県金沢市
金沢市役所東300m
最終訪問日  1995/8/20
 林泉廻遊式の庭園で、金沢藩の代々の藩主が愛した庭園。日本三名園、もしくは三大庭園のひとつに数えられ、国の特別名勝にも指定されている。
 兼六園作庭以前のこの場所は、城のすぐ近くということもあり、前田家入部の際には前田家所縁の寺が建立され、江戸時代に入ると重臣の屋敷となった。そして、5代藩主綱紀の治世であった延宝4年(1676)に蓮池御殿という別荘が建てられ、それに伴って周辺を庭園化したのが最初の作庭である。この庭園は蓮池庭と呼ばれ、今の瓢池の辺りがそうらしい。この後、宝暦の大火で蓮池御殿は焼失してしまうが、11代治脩が復興し、12代斉広の時に松平定信に依頼して兼六園と命名され、13代斉泰の嘉永4年(1851)に現在の形となった。
 兼六園の名の由来は、中国の洛陽名園記という書物に、宏大と幽邃、人力と蒼古、水泉と眺望という相反する6つの要素を兼ねているのは湖園だけという記述があり、その6つを兼ね備えた名園という意味で名付けられたという。
 多くの観光客が訪れる古都金沢の中でも知名度は抜群で、休日は観光客でごった返しており、庭園の植物に何らかの影響があるのではないかと他人事ながら心配してしまうほどだ。明治期の荒廃や、戦時の松脂採取など、庭園存続の危機はあったが、これを乗り越えて維持してきたのは、文化に力を入れてきた加賀藩ならではの気風が、明治以降も市民のどこかに残っていたからなのかもしれない。