松帆神社
所在地  兵庫県東浦町
国道28号線沿い久留麻交差点北800m
最終訪問日  2006/5/24
松帆神社の鳥居真っすぐ伸びた参道 百人一首に「松帆の浦の…」という歌があるが、その岩屋付近の松帆の浦とは別に、松帆という名を持つ場所は淡路島のあちこちにあって、ここもそのうちのひとつ。伝承では、松帆神社は楠木正成所縁の神社で、楠木正成が湊川の戦いで討死した後、その家臣吉川弥六が淡路に逃れ、今の楠本地区に正成から託された守護神八幡大神を祀る祠を建立して周辺の名を楠木村とし、やがて応永6年(1399)に現在の地へ奉遷されたという。また、一説には同年、付近の城主であった向井将監によって男山より勧請され、氏神として祀られたものともいう。
 この伝承から分かるように、地元では厄除八幡として信仰されているようであり、祭神などについての説明は境内になかったが、大抵の八幡神社がそうであるように、主祭神は誉田別尊こと応神天皇だろうか。また、拝殿や主殿の裏手や脇にも社がいくつかあり、祭神が複数あるようだ。
 海に近い国道から、真っすぐ伸びる参道と社殿、鳥居の組み合わせは重厚な景観で、境内の幼い木が成長し、まだ新しい鳥居や石灯籠の石が古色を帯びればもっと荘厳さを漂わせるようになると思われ、時間を経た時にどうなっているか楽しみでもある。また、神社には、鎌倉時代に後鳥羽上皇の御番鍛冶筆頭であった備前福岡一文字則宗の銘が入った菊一文字という名刀があり、国の重要美術品として盛大に行われる秋祭りに一般公開されている。しかし、松帆とは松が帆のように見えたからのか、それとも松が稲穂のようにたくさんあったからなのか、舟を待つという待つ帆から転じたものなのか、来る度にその名の由来が気になる。