昭和新山
所在地  北海道壮瞥町
壮瞥町役場南西2km
最終訪問日  2003/7/27
今も噴煙を上げる火山 地中で非常に粘性の強い溶岩が固まって地表に突き出たベロニーテ型の火山で、平成12年に噴火した有珠山の東にあり、学術的に非常に貴重な山として天然記念物に指定されている。
 洞爺湖自体が火山性の湖、つまりカルデラ湖であることや、有珠山の活動を見ても分かるように、一帯は非常に活発な活火山帯で、明治期の終わりには明治新山とよばれる四十三山ができるなど、昭和新山が造られる以前にも活発な活動を見せていた。
 昭和新山の活動は、昭和18年12月28日の地震から始まり、同20年9月までの僅か2年足らずの間である。その間に、17回の噴火を繰り返して畑が隆起し、最終的には標高407mの火山へと成長して終息した。この火山がなぜ学術的に非常に貴重かというと、その性格もさることながら、地元の郵便局長であった三松正夫氏によって活動初期からの様子が観測され、スケッチを始めとする克明な記録として残されたからである。この記録はミマツダイヤグラムと呼ばれ、世界から絶賛されたという。また、三松正夫氏は、火山の保護と被災者支援の為に土地を買い取り、火山周辺は世界でも珍しい私有地となっている。
 有珠山の側火山である昭和新山は、平成に有珠山の噴火があったように周辺の地下マグマの活動が盛んな為か、現在でも水蒸気や噴煙を上げているが、標高は年々の侵食で縮小しているそうで、現在は400mを切ったという。麓の駐車場からその姿を眺めると、阿寒国立公園の硫黄山の岩肌を連想させるような木々のない剥き出しの姿をしているが、その姿形よりも、僅か2年足らずでこの山が形成されたというところに自然の力の大きさを感じる。だがその一方で、麓には駐車場が整備され、土産物屋も並んで観光地化しているのを見ると、自然の力に負けない人間の良い意味での図太さというのも感じられるだろうか。