登別温泉
所在地  北海道登別市
JR登別駅北西6km
最終訪問日  2003/7/26
 温泉の多い北海道でも、特に有名な温泉。
 その歴史は古く、江戸時代中後期の蝦夷草紙という本には、登別川の上流に温泉があることが記され、江戸時代末期には、北方を探検して回った松浦武四郎や函館奉行村垣範正が訪れている。その後、近江商人岡田半兵衛が地獄谷の硫黄採掘を行って共同浴場が造られ、やがて第一瀧本館の創業者である瀧本金蔵が、私費で現在の道路となっているルートを開削して温泉宿を始めた。これが登別温泉街の始まりである。その後、日露戦争の傷病保養の地に指定されたことで有名になり、現在の大きな温泉街へ発展を遂げていくことになる。
 登別の語源はヌプルペツというアイヌ語で、濁った川や色の濃い川という意味があり、温泉街として開発される前は硫黄で川が濁るほどだったと思われる。現在でもいくつかある温泉の源泉からは、1日1万トンという豊富な湯が自然湧出し、しかもその温度が高く、地下での活動が未だ活発であることを示している。また、登別温泉の泉質は多く、地獄谷に硫黄が見られるように硫黄泉や硫化水素泉を始め、明礬泉や緑礬泉、鉄泉、単純泉、食塩泉、芒硝泉など11種類にものぼり、温泉のデパートと呼ばれることもあるらしい。
 温泉街の旅館やホテルは宿泊だけではなく、いくつかのところでは外湯も営業しており、札幌や函館から比較的近いこともあって利用する人も多いようだ。また、それぞれの旅館では泉質の違った湯船を複数用意しているところも多く、1度の入浴で複数の泉質が楽しめるというのは登別ならではだろうか。
 自分は夜の6時ごろから外湯で利用したが、土曜というのにやたらと空いていて温泉を存分に堪能できたのにはびっくりした。温泉街を出る頃にたくさんのツアー客が到着したので、旅館やホテルはやはりツアー客が多いのだろうが、北海道は広いのでツアー日程がタイトになりやすく、宿に到着するのが遅くなりがちということを考えると、この一気に混み合うツアー客の時間を外せば恐らくどこの旅館やホテルも空いているのだろう。