博物館網走監獄
所在地  北海道網走市
網走市役所西南4.5km網走湖東後背
最終訪問日  2003/7/23
有名な網走監獄の門 明治時代の網走監獄から建物を引き継いだ網走刑務所が、昭和48年から10年かけて建て直された際、もとの建物を移築し、刑務所に関する博物館として1983年6月26日に開館したのがこの施設で、監獄として存在していた当時の資料を中心に現代の刑務所事情もわかるという、珍しい博物館である。
 北海道には江戸時代から和人が移り住むようになっていたが、オホーツク海沿岸は厳寒の地ということもあって開拓が遅れ、富国強兵策を進める明治政府としては改善の必要があった。また、不凍港を求めて南下するロシアへの防御策としても、開拓は早急に進めなければならない問題だった。
 一方、維新後の混乱やそれに伴う政治犯の増加など、全国的に囚人の数が増大していたという背景があり、政府はそれらの問題の解決策として、開拓の労働力として囚徒を投入することを決めた。
 網走監獄の最初の名は網走囚徒外役所といい、前述の理由で中央道路開削の為に釧路集治監から囚人を網走に移動させる必要があったのだが、その収容施設として明治23年に設置されたものである。その後、網走囚徒宿泊所と名を変え、明治24年には釧路集治監網走分監、次いで北海道集治監網走分監として独立した集治監となり、明治36年に網走監獄となった。ちなみに、明治42の火災で施設のほとんどが焼失している為、保存されているのはそれ以降に建てられた施設である。
 この網走監獄には刑期が12年以上の重罪人が収監され、無期懲役の囚人も相当数いた。このことから、網走監獄は凶悪な犯罪者ばかりが集まる場所として人々に記憶され、犯罪者からも、過酷な環境と刑期の長さで収監されると出てこられない地の果ての監獄として恐れられたという。
 現在の博物館にある施設からは、当時の厳しい環境というのをおぼろげながら理解はできるものの、暖房のきいた部屋で自由な時間があるという生活をしている身では、ちょっとリアリティーが無さ過ぎて感覚的に捕らえにくい。唯一、あの光の入らない暗闇の独房だけは発狂してしまいそうで耐えられないと思ったが、そういった懲罰房も含めて、あまりリアルでも見るに耐えないことになるので、そういう意味では見て楽しめる博物館として良いのかもしれない。