厳島神社
所在地  広島県宮島町
宮島町役場西海岸沿いすぐ
最終訪問日  2000/6/5
 日本三景のひとつ、安芸の宮島の北側にある神社。古来、安芸一ノ宮とされ、現在は神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつ。
 創建は、推古天皇元年(593)に佐伯鞍職によるとされるが、古代より本土側から見た島自体が神格化され、自然な心情として主に漁民などの海と関わる人々から崇拝されていたのだろう。祭神は、市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の宗像三神だが、これは海神で、航海の神でもあり、海際の社殿と海中に建てられている鳥居も、海や水を崇拝した他の神社に共通している構造である。
 後に平清盛が崇拝したことから隆盛となり、瀬戸内の鎮守として現在残っている重厚な社殿も建てられ、平氏滅亡後も源氏一門などその時々の権力者に崇拝された。室町時代から戦国時代にかけては戦乱が続いたこともあってやや荒廃するが、戦国時代に山口で隆盛を極めた大内氏も崇拝し、山口から安芸に入る時は、海路をとって厳島神社に参拝してから入国するという慣例を持っていた。ちなみに、弘治元年(1555)の厳島の合戦では陶晴賢もその慣例を踏襲したが、これが合戦の敗因のひとつになったと考えられている。その後、厳島の合戦に勝利した毛利元就も深く崇拝し、大規模な建物の修復や建立を行った。
 現在は、社殿や回廊など建物6棟が国宝に指定され、時の権力者から寄進された宝物も国宝に指定されている物が多く、重要文化財ともなると数え切れないほど。印象的な海に突き出している社殿と沖にある大鳥居は神社の象徴で、足元に迫る海が独特の雰囲気を醸し出し、神社に参拝すると、権力者が崇拝したというのも頷ける。また、平舞台は日本三舞台に数えられている。