金精道路
区間  群馬県片品村
    〜栃木県日光市間
最終訪問日  2014/5/10
 群馬県と栃木県の県境にある金精峠の下を通る道路だが、一般に金精峠と呼ばれることもある。昭和40年10月7日に開通し、平成7年10月7日に無料開放された。全長8.14km。
 日光は、元は修行の場として開かれた場所で、金精峠も日光の修行者が峰修行する際に使われた道だったという。その名残として、金精神社が峠に鎮座しており、江戸時代には金精神社や金精山、そして白根山へ参拝するルートでもあった。
 近代に入ると、明治5年に群馬県側の出資によって峠越えの道路が開削され、この道は日光道と呼ばれたが、いつの頃からか金精道路という呼び名も使われるようになったようだ。ただ、この道はまさに峠越えの道で、今も旧道として残ってはいるが、2244mの金精山と2333mの温泉ヶ岳という2つの高山の鞍部ということもあって標高は2000mを超え、相当な険路である。
 更に時代が下り、自動車による大量輸送時代を迎えると、金精峠もそれに対応すべく新たな道路の建設が検討されるようになった。そして、金精道路のほぼ真下をトンネルで抜ける形で建設されたのが、現在の金精道路である。
 峠のほぼ真下をトンネルで抜ける形にしたとは言え、標高は1840mもあり、国道の中で3蕃目の高所という。従って、建設費用も高所の難工事である為に膨らみ、30年の料金徴収では償還できなかった。また、高所故の積雪で、現在は冬季の約5ヶ月間は通行止めとなっており、稼動していない。ちなみに、国道120号線の沼田から日光にかけての部分は日本ロマンチック街道の一部であり、金精道路もそれに含まれている。
 日光から群馬へ金精道路を抜けたのは5月の連休明けの夕刻だったが、想像を超える寒さで、トンネル前後の気温は確実に5℃を下回っていただろう。栃木県側は残雪たっぷりの山肌が間近に迫り、群馬県側は菅沼の湖面がまだ半分ほど氷で覆われていて道路の両脇には残雪が普通に積もっている状態だった。ただ、通常ではバイクで走ろうとも思わない景色の中を走ることができたのは新鮮で、氷や雪という、バイクとは縁遠い存在の中をあえてバイクで走ることにはまた別の魅力があるようだ。山を下ってしまえば暖かくなるというのもあるし、寒さによる指先のジンジンした痛みを感じつつも、こういう雪景色を愉しむワインディングも有りだと理解した。