高原郷土館
所在地  岐阜県飛騨市
飛騨市役所北東14.6km神岡中北西すぐ
最終訪問日  2017/5/20
高原郷土館のひとつである神岡城 かつての神岡町こと飛騨市高原地区の資料を集めた郷土館。鉱山資料館と神岡城、旧松葉家住宅の3つの施設で構成されている。入場料は3館共通。
 旧神岡町は、奈良時代から採掘されていた神岡鉱山の影響が強く、中世に高原で興隆した江馬氏も、鉱山資源をその力の背景としていたという。江戸時代の初期は、高山藩金森氏が飛騨の領主となり、高原もその支配下にあったが、江戸時代中期に出羽国へ移り、後は幕府の天領となった。その理由として、一説に木材や鉱物などの資源を独占する為であったと言われ、神岡鉱山も当然その理由に含まれていたはずである。明治時代に入ると、明治7年に三井組が経営権を取得して鉱山の操業を始め、同20年頃には神岡鉱山の大部分を取得し、近代的手法の導入によって大増産に成功した。この鉱山の隆盛により、神岡町はまさに鉱山の町となったのである。
高原郷土館のひとつである鉱山資料館 高原郷土館の内、その名の通り神岡鉱山の採掘技術や鉱物を展示する昭和42年開館の鉱山資料館と、三井金属鉱業神岡鉱業所が創業100周年を記念して昭和45年に建てられた展望台兼歴史資料館の神岡城は、鉱山絡みであり、当時の町がいかに鉱山を中心として動いていたか、鉱山に勢いがあったか、というのが察せられるだろう。また、残りの旧松葉家住宅は、明治元年に建てられた古民家で昭和43年に移築されており、この高原郷土館一帯が整備された昭和40年代頃の町自体の勢いも感じられる。
 鉱山資料館の展示内容は、昭和の資料館という雰囲気がそのまま残っており、今と比べれば不親切な感じは否めないが、神岡鉱山が閉山した今、資料館自体も在りし日の雰囲気を残す遺産と成りつつあるのかもしれない。
高原郷土館のひとつである旧松葉家住宅 神岡城は、崖上にある為、非常に見晴らしが良く、旧神岡町をすべて見ることができる。川と鉱山と盆地という、旧神岡町のほとんどを構成する要素が手に取るようだった。
 旧松葉家住宅は、飛騨の古民家というのがありのまま残っており、地元の古民家に比べてすべてを包含した一塊の家という印象がある。豪雪地帯であるが故、冬場は外に出ることを極力抑えた構造となっているのだろうか。展示物で驚いたのは、仏壇と神棚が非常に立派だったことである。古い品を集めているので標準の大きさではないだろうが、地方の本家と呼ばれる家にはこういうものがあったのだろう。単純なもので、こういう立派なものが代々受け継がれることで、本家の得体の知れない凄さというものが出てくるのかもしれない。
 個人的には、この高原郷土館の3つの施設は、それぞれが別の性格を持っている為、興味を持って見学する事ができた。正直、期待はしていなかったのだが、不思議と満足感が得られた施設で、興味の範囲が広い人にはお勧めしたい。