陣場野公園
所在地  岐阜県関ヶ原町
JR関ヶ原駅西北400m
最終訪問日  2002/11/13
首実検場跡 公園の名が示すように、慶長5年(1600)9月15日の関ヶ原の合戦で、家康が最終的に敷いた陣の跡がこの陣場野公園である。
 家康は当初、ここから東へ2kmほどの、国道21号線沿いにある桃配山に陣を張っていたが、戦闘が始まり、西軍が予想以上に善戦するのを見て、東軍諸隊の叱咤と士気向上を図る為、前線に近いこの地へ陣を進めた。そして、東軍の勝利によって戦闘が終結した後には、総大将が各武将の討ち取った首を検分してその勲功を定める、首実験という軍功認定もこの場所で行われた。
 関ヶ原の合戦での両軍の陣形を見ると、西軍の鶴翼に開いた中に東軍が展開しており、圧倒的に西軍の有利な状況であった。だが、あえてその危険な場所へ陣を進めたということは、正に陣頭指揮を執ろうとする家康の並々ならぬ意気を感じることができる。
 現在は最終陣地の跡として公園に整備され、公園内には家康が首実検したと言われる首実験場碑もあって、その部分だけが当時の様子そのままに残っているような感じを受ける。また、公園の東側には関ヶ原町歴史民俗資料館があり、関ヶ原の合戦の詳細を知ることができる。