金印公園
所在地  福岡県福岡市東区
志賀島南端
最終訪問日  2001/10/29
 志賀島は、江戸時代に「漢倭奴国王」の5文字を隷書体で刻んだ金印が発見された場所で、それを記念して整備された公園が金印公園である。正確には、当時の田が侵食によって海中に沈んでおり、発見場所は現在は海の中らしい。
 金印は、漢尺の方一寸にあたる2.35cm四方の正方形の大きさで、厚さは0.8cm、重さは108.7gあり、上部の蛇を形取った蛇鈕を含めた全体の高さは約2.2cmである。
 発見されたのは天明4年(1784)のことで、志賀島の百姓甚兵衛が農作業中に発見したと口上書にあるが、実際に発見したのは甚兵衛の奉公人らしい。発見後は、当時志賀島を領していた福岡藩主黒田家に伝えられ、藩の儒学者が鑑定したが、その報を知った全国の学者も様々な説を唱え、贋作説も根強かった。その後、後漢書の東夷伝に、光武帝の時に倭の奴国王が朝貢したという記述があり、この時に授けられたものという説が一般化した。また、戦後には中国で発見された同時代の金印と文体や大きさがそっくりであったことから、贋作説も一掃された。しかし、戦後に幾度か発見場所の発掘調査が行われたが、遺構は何も見つかっておらず、なぜここに埋められていたかという疑問への回答は未だ示されていない。また、当の金印は、昭和29年3月20日に国宝に指定され、現在は福岡市博物館に展示されている。
 公園は、志賀島を周回する道路沿いにあるが、小さな表示しか出ていないので、気持ちよく走っていると見落とす可能性がある。公園自体には、金印発光の碑や金印の印影の石碑などがあったりするが、遺構としては何も無いので、金印をコンセプトとした公園という感じだった。