平泉寺白山神社
所在地  福井県勝山市
京福電鉄三国港駅北西2km県道7号線沿い
最終訪問日  2001/9/15
雰囲気のある苔むした門 平安時代から戦国時代末期まで、越前に絶大な勢力を誇った神社。祭神は伊弉冉尊で、廃された平泉寺における本尊は、伊弉冉尊の本地仏である十一面観世音菩薩と思われる。
 古代から白山には山という自然物への素朴な山岳信仰があり、やがて泰澄大師によって修験道の霊峰として養老元年(717)に開山された。
 白山神社はその越前側の登山口にあり、加賀のと美濃の登山口にある白山比盗_社や長滝白山神社とともに三馬場と呼ばれた。応徳元年(1084)からは平泉寺として延暦寺の末寺となり、室町時代には全盛期を迎え、平泉寺六千坊と称して数10万石の大名の動員兵力に相当する7千もの僧兵がいたというから、相当な勢力であった。
 戦国時代には、越前を支配した朝倉氏と結んで勢力を保っていたが、天正元年(1573)に朝倉義景が信長に敗れて一乗谷を退去すると、朝倉一族で義景を裏切って自刃に追い込んだ景鏡に加担した。しかし、平泉寺も翌年に一向一揆によって攻められ、寺坊のことごとく焼き払われて景鏡と共に滅んだ。その後、秀吉の支援を受けて復興したが、室町時代の栄華には遠く及ばず、明治の神仏分離によって仏号を捨て、今の白山神社となっている。ちなみに越前海岸の名所東尋坊の由来となった僧も、この平泉寺の僧兵であった。
 今でも残る寺坊やその石垣などは、すぐにでも防御施設への転化が可能で、当時の寺坊城塞の厳固さを物語っているが、旧境内の跡地は現在の境内よりもはるかに広大で、今の姿から往時を想像するのはちょっと難しい。