宇和島城 所在地 愛媛県宇和島市
宇和島市役所東南500m
区分 平山城・海城
最終訪問日 2004/9/11
宇和島城鳥瞰図 天守閣の現存する12城の内のひとつ。
 宇和島城の築城時期ははっきり分かっていないが、伝承では天慶2年(939)末から同4年にかけての藤原純友の乱の際、伊予国警固使だった橘遠保が砦を構えたのが最初という。
 現在の金閣寺の位置に西園寺という寺を造営したことから西園寺殿と呼ばれるようになった藤原公経は、頼朝と姻族であった為に承久3年(1221)の承久の乱で後鳥羽上皇に幽閉されたが、乱後は朝廷で重きをなした。伊予国宇和地方は遠保の活躍もあって代々橘氏の所領であったが、その公経が宇和地方を所望したことから西園寺氏が領することとなり、やがて南北朝時代頃に庶流の公良が下向して在地領主化した。これが伊予西園寺氏である。
 戦国時代の宇和島城は、板島城や板島丸串城と呼ばれ、天文15年(1546)には家藤監物の居城であった。天正3年(1575)には西園寺十五将のひとりに数えられた西園寺宣久が入って居城としたが、西園寺家は豊後の大友氏や土佐中村の一条氏の攻撃もあって不安定で、内部もいまひとつ統率を欠いた状態であった。やがて、土佐を天正3年(1575)に統一した長宗我部元親が南伊予に侵攻を始め、対する西園寺家は天正7年(1579)に南伊予軍代であった長宗我部家の重臣久武親信を家臣土居清良の活躍で討ち取るなど善戦したが、天正12年(1584)には人質を差し出して臣従した。
 伊予を征服した元親は、吉良親実と思われる吉良左京なる人物を板島丸串城の城代にしたようだが、翌年の四国征伐で秀吉に降伏し、土佐一国に戻された。そして、伊予に入部した小早川隆景は板島丸串城に持田右京を城代として置き、天正15年(1587)の九州征伐後、隆景に代わって南伊予に入った戸田勝隆は、城代として戸田信家を置いた。
宇和島城天守 勝隆が死去して戸田家が絶家となった後、文禄4年(1595)に藤堂高虎が入部すると、この城を本拠と定めて翌年から大規模な改修を施し、慶長6年(1601)に竣工した。この改修で現在残っている基本的な城郭が形造られ、西側半分が海にせり出した海城となり、また、城全体は不等辺五角形の形を成して、攻め手からすると四角形に錯覚されるよう工夫されている。ただし、高虎自身は宇和島城が工事中ということもあって、ほとんど大洲城に居していたともいわれる。
 慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦後、高虎は新たに築いた今治城に居城を移し、同13年(1608)には伊勢へ転封となった為、宇和島には富田信高が入った。その改易後は、天領を挟んで伊達政宗の長子秀宗が慶長19年(1614)に10万石を与えられて翌年に入部し、宇和島藩として維新まで続いた。この宇和島藩の幕末の藩主宗城は四賢侯としてよく知られ、黒船を見たときに自藩で造ることを決め、文献からの情報だけを頼りに実際に蒸気船を造り上げさせている。
 城は、標高約80mの山頂に天守と本丸があり、本丸を囲むように一段下がって二ノ丸を置き、そこから石段を下りると、水の手がある井戸丸と藤兵衛丸があった。井戸丸からは大手側の麓にあった三ノ丸に通じているが、藤兵衛丸とその一段下にあった長門丸は、古図で見ると三ノ丸に通じていなかったようである。ただし、現在は登山道がこちらへ続いている。藤兵衛丸と長門丸からは搦手に道が通じているが、藤兵衛丸と搦手の間には代右衛門丸があり、この郭は搦手からの攻撃に対して防御力を強化するように、堅牢に石垣が組まれている。また、大手側の麓にあった三ノ丸はそれほど大きくないが、内堀で区画されており、その外側には外郭が山全体を囲むようにあった。この外郭に重臣の屋敷があり、海に面した側の反対側には外堀が掘られていた。
 明治後は大阪鎮台や兵部省の管理下に置かれたが、明治の中頃に建造物の多くが解体され、現在は重要文化財の天守閣と搦手門である上立門だけが残っているに過ぎない。また、城の東側の外堀と西側の海、三ノ丸の外側にあった内堀は埋め立てられ、海城の面影は微塵も無くなっているが、城近くの海の埋め立ては幕末の頃にはかなり進んでいたようで、近代の市街地化と軌を一にするものではないらしい。
二ノ丸から険しい石段を下ったところにある井戸丸の井戸 山上の石垣などの遺構はよく残っており、その一角に現存する天守閣は、2代藩主宗利の時の寛文11年(1671)に完工した城郭改修の際に建て直されたものだが、実際にはほぼ新造である。江戸時代の太平の世に建てられた天守だけあって戦時を全く考えておらず、どことも連結していない独立式で、狭間や石落としといった防御設備を持たない三層三階の天守であるが、逆に見た目は非常に優美である。ただ、玄関式台が付いている為か、優美に整いすぎている為か、個人的には若干模擬天守のような趣を感じてしまうのは気のせいか。